生化学II 参考資料:DNAの複製
§はじめに
生物の「流 れ」を築くもう一つの大きな柱が「情報の流れ」つまり遺伝情報,DNAの塩基配 列の流れである。生物は自分の形成に必要なあらゆる情報をDNAに書き込み,この情報が必要なときに正確に伝達されるような様々な仕組 みが存在する。以下にDNAの複製メカニズムに関する重要なポイントをまとめた。
§DNAの複製 (合成反応)の化学:
ポリ (dNMP)n+dNTP→ポリ(dNMP)n+1+PPi
デオキシヌクレオシド三リン酸からピロリン酸を遊離させてこの際のエネルギーを利用して重合反応が進行する。
§DNAの複製は 次のような重要な特徴を持つ。
1.複製はDNA上のある 決まった箇所(複製起点)から開始される。複製起点は特定の遺伝子配列により識別される。この複製起点にDNAの2本鎖 をほどき,1本鎖の形にするタンパク質複合体が結合することから複製反応は始まる。
2.複製は,元 々ある2本のDNA分子をそれぞれ鋳型として利用し,その鋳型を相補する遺伝子配列を持つ 新たな分子を作る様にして進む(半保存的複製)。そのとき,新しく合成されるDNA分子は必 ず5’→3’ 方向に伸びる(新しいヌクレオチドはDNAの3’末端側に付加される;教科書586ページ,図25.1,587ページ,図25.2)。
3.複製は,複製起点から左右両方向に同 時に進み,4 本の新 しいDNAが同時に合成される(教科書587ペー ジ,図25.3を参照)。
4.新しいDNAを合成す る酵素(DNAポリメラーゼIII)は,DNAの合成を開始するとき,RNAで作られたプライマーという短いポリヌクレオチド断片を必要とする。DNAの複製は この短いプ ライマーをのばしていくような形で進 む。
§新しく合成さ れるDNA分子の2通りの合成方法
DNAの合成方 向は5’→3’と決まっており,合成の情報を提供する鋳型DNA分 子はこの逆の3’→5’方向にその配列が読みとられる。DNAの複製マ シーンは複製起点から出発して2本の鋳型DNAを読み取りながら新しいDNAを(2本 同時に)合成していく(教科書595ページ,図25.16)。このとき,2本の鋳型DNAのうち1本は複製マシーンの進行方向に沿った配置をとるので順調にDNAポリメ ラーゼIIIによって読まれ合成される(このように合成される新たなDNA分子は「リーディング鎖」と呼ぶ)が,もう一方の鋳型DNAは進行方 向と全く逆の配置になってしまう(DNAの二重らせん構造がとる配置のため)。こちらの鋳型DNAはどのよ うにして複製されるのか?
DNAの複製反 応を放射性同位体で追跡する(新しく合成されたDNAだけ放射性にする)と,複製途中に1000〜2000塩基の短いDNA断片が合成されていた。日本の岡崎令治博士はこの断片をみて,複製マ シーンの進行方向と逆に向いている鋳型のDNAは「とぎれとぎれ」に合成されているという学説を唱えた。この学説はそ の後実証され,岡崎先生が発見した短い合成途中のDNA断片は「岡崎フラグメント」と名付けられた。そして,岡崎フラグメントが連結されて完成する新し いDNA分子はラギング鎖と呼ぶ(教科書588ページ,図25.5)。
§岡崎フラグメントからラギング鎖の合成:DNAポリメラーゼ I の役割
リーディン グ鎖,ラギング鎖ともに,合成直後はDNAとRNA(プライマー)が交互に配置された形をとる。この形を最終形態の1本の 長いDNA分子に変換するためにはRNAプライ マーをDNAに換えて,断片同士をつながなければならない。この作業はDNAポリメラーゼ I の役割である。DNAポリメラーゼ I はDNA上をたどっていきホスホジエステル結合がとぎれている箇所(ニック;DNAとプライマーの境界線)を発見すると,この箇所から3’方向に向かって 約10塩基ヌクレオチドを除去する5’→3’エキソヌクレアーゼ活性を発揮する。この活性のおかげでRNAプライ マーは取り除かれ,その後DNAポリメラーゼ I は生じた空白部をポリメラーゼ活性で埋める。最後に残ったニックはDNAリガーゼという酵素がNAD+,またはATPを利用してつなぐ。
§DNA分子の合 成精度を守る仕組み
DNAの複製反 応に置いて,間違った塩基が取り込まれ,遺伝子変異が起こる確率は大腸菌に置いて108〜1010塩基対に1個という極めて低い確率である。このような超精密な合成を可 能にしている非常に大切な因子として,合成に携わるDNAポリメラーゼの「校正」活性,3’→5’エキソヌクレアーゼ活性があげられる。DNAポリメ ラーゼIII,及びDNAポリメラーゼ I は一旦結合させた新たな塩基の塩基対形成をチェックし, もし塩基対が形成されなければこの塩基を切断して取り除く活性を持つ。いわばDNA複製は絶えず「品質管理」を行いながら進められているので,遺伝子変異などの誤った反応が極力 起きないような仕組みが発達している。
<参考>DNAポリメ ラーゼ I やIIIが持つ,3つの異なる活性は:
5’→3’エキソヌクレアーゼ活性:ニックを発見してそこからRNAのプライ マーを除去。
ポリメラーゼ活性:プライマーを除去した後の「穴」をDNAで埋め る。
3’→5’エキソヌクレアーゼ活性:鋳型と一致しないヌクレオチドが3’末端に付加されたとき,すか さずそれを取り除く,校正のための活性